大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和48年(行ツ)102号 判決 1974年4月25日

上告人

越山法律事務所

越山康

上告人

中央大学法学部研究室

佐竹寛

上告人(選定当事者)

日本婦人有権者同盟

近藤マガラ

上告人(選定当事者)

東京都地域婦人団体連盟

山高しげり

上告人(選定当事者)

主婦連合会

中村伊紀

上告人(選定当事者)

日本青年団協議会

神田芳晃

上告人(選定当事者)

全国政治をよくする会

福本春男

上告人(選定当事者)

理想選挙推進市民の会

森下文一郎

上告人(選定当事者)

私は有権者の会

春日慎一

被上告人

東京都選挙管理委員会

右代表者委員長

藤田孝子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人ら連名の上告理由、上告人佐竹寛の上告理由、上告人福本春男の上告理由及び上告人森下文一郎の上告理由について。

参議院地方選出議員の各選挙区に対する議員数の配分は、選挙人の選挙権の享有に極端な不平等を生じさせるような場合は格別、そうでないかぎり、立法府である国会の権限に属する立法政策の問題であつて、それが選挙人の人口に比例していないという一事だけで、憲法一四条一項に反し無効であると断ずることができないことは、当裁判所大法廷判決(昭和三八年(オ)第四二二号同三九年二月五日判決・民集一八巻二号二七〇頁)の判示するとおりであり、現行の公職選挙法別表第二が選挙人の人口数に比例して改訂されないため、所論のような不均衡を生ずるに至つたとしても、その程度ではいまだ右の極端な不平等には当たらず、したがつて、立法政策の当否の問題に止まり、違憲問題を生ずるとまで認められないことは、右大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。そして、右のとおり同別表第二が違憲でないと解される以上、上告人らの本訴請求は失当であるといわなければならない。原判決の判示には、右に述べたところと異なる点もあるが、原判決は、結局、上告人らの本訴請求を失当として棄却しているのであつて、その結論において、正当である。それゆえ、論旨はすべて排斥を免れない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(大隅健一郎 藤林益三 下田武三 岸盛一 岸上康夫)

上告人近藤マガラ選定者目録等<省略>

上告人らの上告理由(越山康 外八名)

原判決には憲法第九八条第一項および公職選挙法第二〇五条第一項の各規定の解釈を誤つた違法がある。当上告人らは、以下において、その誤りを指摘しつゝ、さらに、従来の主張の根拠を補足する。

第一、憲法第九八条第一項、公職選挙法第二〇五条第一項関係について

一、当上告人らの原審における主張の骨子は概ね次のとおりであつた。

(一) 公職選挙法(昭和二五年五月一五日法律第一〇〇号)に基いて行われた本件選挙(昭和四六年六月二七日に行われた参議院議院地方選出議員選挙を指す。以下、同じ。)については、各選挙区毎に「票の価値」に明白かつ多大な格差が存し、

(二) その格差は、平等選挙において制度上当然に許容されるべき程度をはるかに超えるものであるから、

(三) 同法別表第二は何らの合理的根拠に基くことなく、住所(選挙区)の如何という関係において、国民を不平等に取扱つたものであつて、憲法第一四条第一項の規定に違反し無効というべく、

(四) したがつて、同別表第二に基いて行われた本件選挙は無効である。

二、右主張について原判決は、御庁大法廷が昭和三九年二月五日に言渡した判決(民集一八巻二号二七〇頁)の説示に従い、参議院議院の三年毎の半数改選制のほか選挙区の大小、歴史的沿革、地理的社会的な諸条件等の諸要素を勘案して議員定数の配分をどのように定めるかは立法府である国会の権限に属する立法政策の問題であつて国会の裁量に委ねられているとした上、次のように判示した。

(一) 右の諸要素を勘案するに当つて国会が憲法の趣旨に反してその裁量権を濫用し、全く不合理な議員定数の配分を行つたり、また人口の都市集中にともない著しく不均衡な状態を生じているにかかわらず、なんらの改訂もしないまま放置していることが客観的に明白である場合には、裁判所としてもそのような議員定数の配分を違憲無効と判断することがができると解すべきである。

(二) その不均衡が、国民の選挙権は平等でなければならないという基本的理念の下において、制度上許容されるべき合理的な限度をはるかに超え、国民の正義衡平の観念に著しく反する程度に至れば、もはやその一事のみでも憲法上国会に委ねられた裁量権の限界を逸脱したものと判断するに充分であつて、憲法第一四条第一項によつて保障された法の下の平等に反し違憲無効たるを免れないと解すべきである。

(三) 公職選挙法別表第二の定めた選挙区別の配分が各選挙区の人口に比べて不均衡なものであることは明らかであり、特に東京区の票の価値……と……鳥取区の(それ)との比は1対5.08となり、……同じ一票中に他の5.08倍(神奈川区、大阪区の場合はそれぞれ4.81倍、4.38倍)もの価値のあるものがあることは、不均衡の程度がきわめて著しいことを示すものであり、前叙の基準に照らせば、この一事のみをもつてしても、右別表第二が、今日なお違憲無効のものでないと断定することは困難であるというべきである。

(四) 公職選挙法の定める再選挙は、これを行なうべき事由が生じた日から四〇日以内に行うべきものとされており、……本件の場合公職選挙法(別表第二)の改正を行うには再選挙の告示後投票日までには少くとも二三日間の期間を置かねばならないから、改正のために残された期間は一七日間に過ぎず、この期間内に改正を行うことは事実上不可能であり、

(五) しかも違憲の疑いがあると判断された現行法の別表第二に基く再選挙は許されるべきではなく、

(六) 現行法上他に執るべき方法は考えられないのであるから、

(七) 結局本件選挙の違法は、選挙の結果に異動を及ぼす虞がないものと解すべきであり、

公職選挙法第二〇五条第一項の規定に該当しない。

三、さて前項に掲げた原判示は、公職選挙法別表第二の憲法適否の判断に係る部分(同(一)ないし(三))および同別表第二を「違憲の疑いある」ものとした場合における本件選挙の効力の判断に係る部分(同(四)なしい(七))にこれを分析することができる。しかして、同(一)ないし(三)において示された原審の判断は、同(四)ないし(六)の理由付けにより同(七)の結論を導き出したために、実は、所謂「傍論」と化し、譬喩をもじつて評すれば、「羊頭を掲げて狗肉すら売らぬ」結果となつている。

思うに、本件においては前記別表第二の憲法適否に二義を許さぬ明確な判断の対象となるべき事項である。れそにもかかわらず、「違憲の疑い」の有無を論ずるにとどめあえて明確な違憲判断を避けた原因は、専ら、憲法第九八条第一項および公職選挙法第二〇五条第一項の各規定の解釈を誤つたところに存する。

四、憲法第九八条第一項によれば、憲法の条規に反する法律、命令、詔勅および国務に関するその他の行為はその効力を有しないものとされている。しかるに、原判決によれば、前記別表第二が違憲無効のものであるとしても、それに基き執行された選挙を無効とする旨の判決は公職選挙法第二〇五条第一項の規定によつてなし得ないということになる。しかしながら、もしそれが同法条を違憲法令に基く選挙の効力を承認する作用を営み得る存在と認めたことによるものであるならば、それは憲法第九八条第一項の規定の解釈を誤つたものであることはあまりにも明白である。けだし、かかる場合においては、公職選挙法第二〇五条第一項は違憲法令に基く選挙の効力を是認する限度において違憲無効とされるべきものだからである。

そもそも憲法違反の法令を無効のものと認める立場に立ちながら、その法令に基く「国務に関する行為」である選挙の効力が憲法に劣る効力しか有しないとされる法律である公職選挙法上の規定の体裁に左右されるとする論理には無理がある。そこで、われわれは公職選挙法第二〇五条第一項の「選挙の結果に異動を及ぼす虞」の解釈についてさらに検討する。

五、選挙の規定に違反することがあつても、選挙の結果に異同を及ぼす虞れのない場合には、選挙を無効となし得ないとするのが公職選挙法第二〇五条第一項の明定するところである。ここにいう選挙の結果とは、「何人が当選人になるかの結果」にほかならず、同条にいう『選挙の結果に異同を及ぼす虞がある場合』とは、その違反がなかつたとならば、選挙の結果、すなわち候補者の当落に、現実に生じたところと異つた結果の生ずる可能性のある場合をいうもの」(御庁昭和二九・九・二四判決、民集八巻九号一六八頁)と解すべきである。

ところで、本件における「選挙の規定に違反する」とは、選挙区毎の議員定数を定めた公職選挙法別表第二が憲法が選挙に(も)関する規定である同法第一四条第一項に違反することを指すのであるから、「その違反がなかつたならば」とは、「憲法に適合する議員定数配分法令が適用されていたならば」ということにほかならない。したがつて、この場合、「選挙の結果、すなわち候補者の当落に、現実に生じたところと異つた結果を生ずる可能性」の存在は明々白々であつて、ここに多くを論ずる要のないものである。

この点につき原判決の説くところは、一方においては公職選挙法の諸規定の関係から再選挙期日までに同別表第二の改正が事実上不能であり、他方においては現行の同別表第二が違憲の疑があると判断されているためそれに基く再選挙が許されるべきものではなく、現行法上他に執るべき方法が考えられないというのである。しかしながら、たとえ同別表第二の改正のための期間が、現行公職選挙法上、一七日間にすぎぬからといつて右改正が事実上不可能であるとか、現行法上他に執るべき方法が考えられないとかいうのは全くの独断であり、「すべての権利の保全のための基本的権利」とすらいわれる国民の「参政権」の「法の下の平等」が争われているこの本件においてその独断の罪は軽くない。上告人らは原審において、被上告人の主張に対しての反駁にあたり、再選挙に関する特例法制定の措置の可能性に関連して述べたところ――昭和四八年三月一三日付原告準備書面(第四)の記載――をここに援用してその独断の責を問いたい。

六、公職選挙法別表第二を違憲無効と判断してみても、それは本件選挙の結果に異動を及ぼす虞のある選挙法規の違反ではないとの原判決の誤りは、以上に述べたところから明らかであると思料される。われわれは公職選挙法別表第二を明確に「違憲無効」と判断しなかつた原判決の違法を指摘してさらに原判示の憲法第一四条第一項との関連に論及する。

第二、公職選挙法別表第二の憲法第一四条第一項違反について

一、原判決およびそれが挙示する前掲御庁大法廷判決によれば、わが憲法には議員定数を人口もしくは選挙人数に比例して配分すべき旨を規定した明文がないので、憲法第一四条第一項の規定の趣旨に反しない限り、人口もしくは選挙人数のほかに選挙区の大小、歴史的沿革、行政区画別議員定数の振合等の諸要素を考慮に入れて各選挙区への議員定数の配分を決定することは不合理とはいえず、これは立法府たる国会の権限に属する立法政策の問題にすぎないものとする。はたしてしからば、議員定数を人口もしくは選挙人数に比例して定めるべきことを積極的に命じている規定が憲法に存在しない場合において憲法第一四条第一項の所謂「法の下の平等」原則は具体的にどのように機能すべきものであろうか。われわれは、既存のわが国判例の更変を求めるためここに更めてアメリカ合衆国における最近の判例理論について述べる。

二、同国最高裁判所が議員定数と人口との不均衡についての憲法判断にあたり、連邦下院(連邦上院については議員定数が各州二名宛とされているので問題は生じない。)の場合と州議会の場合とで相違なり得ることを最初に説いたのは一九六四年六月一五日判決のレイノウルズ対シムズ事件(注一)においてであつた。ウオーレン判決の名のあるその事件の判決要旨を判例集のシラバスから訳出すると概ね次のとおりである。

アラバマ州議会の議席不当配分が被上告人らおよびそれと同じ立場の者たちの連邦憲法修正第一四条の平等保護条項およびアラバマ州憲法の下で保障されている権利を侵害していると主張して、アラバマ州内部数郡の選挙人らが選挙執行関係の種々の州職員を相手どつて訴を提起した。原告らは、現行の州議会議席配分法の違憲宣言、州憲法に則つた議席配分がなされるまで今後の選挙を執行してはならない旨の差止命令、またはそのような議席再配分がなされない場合には一九六二年の選挙を全州一区にてなすべき旨の命令的差止命令を求めた。原告らは、アラバマ州憲法が人口平等の議席代表と一〇年毎の議席配分を改訂を命じているにもかかわらず、現行の議席配分は一九〇〇年の人口調査に基いてなされたもので、その後において他の郡に比して人口が増加した郡の選挙人はひどい差別取扱いをされることになると主張した。一九〇一年州憲法の規定によれば、州議会は州内六七の郡(下院選挙区)および上院選挙区から選出される一〇六名の下院議院と三五名の上院議員によつて構成され、各郡は少くとも一名の下院議員を、各上院選挙区は唯一名の上院議員をそれぞれ選出することができ、かつ、郡には二つの上院選挙区にまたがることができないとされていた。三判事構成の連邦地方裁判所は、議会が通常選挙の前に是正措置を講ぜる機会を与えずに裁判所が命令を下すべきではないとして、一九六二年五月の予備選挙を全州一区にて執行すべき命令を出すことを拒んだ。連邦地方裁判所は、審理の末、州議会が後に採択し一九六六年施行となる二つの議席配分案はいずれも、全政党が平等保護条項に違反するものとあまねく認めた現行議席配分に存する大なる不平等および不当な差別取扱いを是正していないと判断した上、原告の票は係争の三案すべてにおいて価値を低下せしめられていて三案ともにに憲法違反のものとし、一九六二年の通常選挙のために、州議会が採択した二案の長所を組合せて暫定的な議席配分案を作成して、それによる選挙執行を命じ、さらに、被告らに対し、今後の選挙を違法な配分案により執行してはならない旨を命じた。被告らは、現行ならびに右採択に係る各議席配分を違憲とした連邦地方裁判所の判断を争い、かつ、連邦裁判所には州議会の議席再配分をなす権限は全くないと主張して上告した。原告らのうち二つのグループも上告した。その一は連邦地方裁判所が州上院につき人口比例の議席再配分をしていないことを、その二は同じく州の上下両院につき人口比例の議席再配分がなされなかつたとそれぞれ主張した。

判決要旨は次のとおりである。

(一) 参政権は、州または連邦選挙において、市民の票の値価を低く扱つたり、不平等を扱つたりすると否定されることになる。五五四頁―五五五頁。

(二) 平等保護条項の下においては、投票する権利の値価を低く扱われたとの異議は司法判断の対象となる。さらに、平等保護条項は、下級裁判所が州議会の議席配分機構の憲法適合性を決定するための基準を規定しているのである。五五六頁―五五七頁。

(三) 平等保護条項は、全州民に対し、その住所の如何にかかわらず実質的に平等な――(substantially equal)州議会代表を保障するよう要求している。五六一―五六八頁。

(イ) 議員は市民の代表であつて、地域の代表ではない。五六二頁。

(ロ) 市民の住所の如何により票の価値に軽重を生じさせることは差別取扱いに該当する。

五六三―五六八頁。

(四) 平等保護条項の下においては、二院制の両院ともに、その議席が実質的に人口を基礎として配分されなければならない。五六八―五七六頁。

(五) アラバマ州議会の議席についての現行および採択に係る二つの各配分は人口を基礎としてなされておらずまたはなされることにはならないから、いずれも憲法に違反するとした連邦地方裁判所の判断は正当である。五六八―五七一頁。

(六) アラバマ州議会の議席配分案の一つが連邦議会の代表制と外観上類似しているからといつても、各独立州の間の妥協の産物である連邦議会の代表制を生み出した歴史的事情は独自のものであつて州議会の議席配分とは無関係のものであるから、それはその案を支持する根拠としては適切ではない。五七一―五七七頁。

(七) 州議会の両院における議席は人口に基いて配分されなければならないという連邦憲法の要求は、機械的な正確さまでを要求するものではないが、各選挙区が実行できる限り(as nearly as prac-ticable)等しい人口のものであるべきことを意味している。連邦議会の選挙区割の場合に比べて州議会の議席配分の場合の方が憲法上許容される範囲がいくらか広く(somewhat more flexibility)てもよい。五七七―五八一頁。

(イ) 州議会の議席配分においては、もし各選挙区間に実質的平等が確保されるならば、種々の行政区画に代表を与えたり、隣接する属州で狭い選挙区を設けることもできよう。五七八―五七九頁。

(ロ) 二院制州議会の二院については、厳密な人口比例の原則からの偏りは、それが州の合理的な政策の遂行に伴つて生じたものであるならば、各選挙人間の人口比例という基本的な基準からさほどはなれていない限り、憲法上許容されよう。五七九頁。

(ハ) 歴史、経済その他集団利益に対する考慮または地域のみに対する考慮は、人口比例の原則からの偏りを正当化することはない。五七九―五八〇頁。

(ニ) 行政区画の意見を少くとも一院に反映するために州議会における人口比例の原則からいくらか偏りが生じても、それは正当化されよう。五八〇―五八一頁。

(八) 州の連邦加入を承認するにあたり、連邦議会は、その州議会の議席配分が人口比例の原則に則つているかどうかというような州の政治機構の性格にかかわるような憲法上の問題点についてすべて判断を下そうとしてはいない。連邦議会が州の連邦加入を承認したからといつて、違憲の州議会議席配分は有効とはならない。五八二頁。

(九) 一〇年より間隔のある改訂には憲法上の疑義があるが、州は、議席再配分の定期的改訂について平等保護条項に抵触しない適当な規定を設けられよう。五八三―五八四頁。

(一〇) 裁判所は、議席配分についての州憲法の規定が平等保護条項の趣旨に反しないものであるならば、能うる限りその規定に従つた救済を図るべきである。五八四頁。

(一一) 暫定的救済を与えたり留保したりする場合、裁判所は、次回の選挙までの時間の長短ならびに選挙法令の機構および復雑さを考慮し、かつ一般的衡平法上の原則に準拠すべきである。五八五頁

(一二) 連邦地方裁判所が、本件において、採択に係る二案――それらはいずれも全体として違憲と認められたものであるが――の最良部分を用いて、一九六二年の選挙のための暫定的措置として、アラバマ州議会の両院につき議席再配分を命じ、かつ、再配分後に成立する議会に効果的な立法措置を講じる機会を与えるため終局差止命令の審理を延期してその間司法判断を留保したのは適切な司法権の行使と認められる。五八六―五八七頁。原判決一部認可、一部破棄差戻。

右に掲げたレイノウルズ対シムズ事件においては、下級審の違憲判断が連邦最高裁判所によつて支持されたのであるが、そこにおいて違憲判断の対象とさたれた三つの議席配分の具体的内容を、(一)「過半数議員の選出に要する最少人口の全州人口百分率」および(二)「各選挙区間における議員一人あたりの人口の最大ものものと最少のものとの比率」の二点に絞つて示すと次の表のとおりである。(注二)

(一){

上院   下院

現行法 25.1% 25.7%

改正案一 19.4% 43%

改正案二 27.6% 37%

(二){

上院   下院

現行法 四一対一  一六対一

改正案一 五九対一  4.7対一

改正案二 二〇対一  五対一

(注三)

しかして、同最高裁判所は、その後、右のレイノウルズ対シムズ事件の判決の趣旨にしたがつてフロリダ、テキサスおよびヴァージニア三州の各州議会における議席配分事案について判決を下しているので、前例にならい判例集のシラバスの部分を紹介して各具体的事案における憲法判断を見ることとする。

三、スワン対アダムズ事件(一九六七年一月九日判決)(注四)

フロリダ州議会の議席配分および連邦地方裁判所が違憲としながら暫定措置の基準により是認されたその次の議席再配分(前者は、378 U.S. 533. 後者は383 U.S. 210.)をいずれも無効としたスワン対アダムズ事件の当裁判所の判決にしたがつて、フロリダ州議会は、さらにもう一つの議席再配分をなしたが、フロリダ州デーデ郡在住の選挙人である原告らはこれをレイノウルズ対シムズ事件(377 U.S. 533.)およびその同種事案で説かれた選挙人平等の基準に適合しないものと主張した。新しい案は四八名の上院選挙区では過多代表の偏差値15.09%から過少代表の偏差値10.56%まで、最大選挙市と最少選挙区の人口比は1.30対1である。下院選挙区では過多代表の偏差値18.28%から過少代表の偏差値15.27%まで、最大選挙区と最少選挙区との人口比は1.41対1である。州(被告)は選挙区間の人口差が是認されるべき理由を示し得ず、わずかに連邦下院の選挙区にしたがわんとしたことおよびその配分案は実行できる限り完全な人口平等を目指して作成されたものであることを主張したにすぎず、他方、原告らから提出された配分案は各選挙区間の人口差を縮めることが司能であることを示していた。連邦地方裁判所は、「議席配分」は実質的に人口に基いて行われるべきものとはいえ、前記の偏差は差別取扱いに該当しないとして前記の新しい配分案を支持した。

判決要旨は次のとおりである。

(一) 原告らは議席再配分を争うにつき原告適格を有する。四四三頁。

(二) 州(被告)が各選挙区間の人口差について満足できる理由を明確にさせなければ、その議席再配分は無効である。四四三―四四七頁。

(イ) 選挙区間の人口平等からの偏りは「州の合理的な政策の遂行に伴つて生じる筋の通つた考慮に基く」(レイノウルズ対シムズ五七九頁。)微少な差に限つて許容され得る。四四四頁。

(ロ) 純粋な人口基準からの微少差は不当な差別取扱いには該当せず、かつ、既存の行政区画をそのまゝ選挙区として用いること、隣接の属州から成る小型選挙区を維持すること、もしくは自然的・歴史的な境界をそのまゝ選挙区境界とするというような州の政策上の考慮によつて正当化されなければならない。四四四頁。

(ハ) 或る州において是認された偏差は他州における同程度の偏差が是認されるかどうかとは殆んど関連性のなのものである。四四五頁。

原判決破毀。

四、キルガーリン対ヒル事件(一九六七年二月二〇日判決)(注五)

原告らは、小選挙区、大選挙区および変動選挙区を組合せた一九六五年のテキサス州下院の議席再配分案を争う。連邦地方裁判所は、レイノウルズ対シムズ(377 U.S. 533.)の原則に反するとされた変動選挙区を除き、その配分案を支持し、一九六六年の選挙をそれにより執行することを許した。最大区と最少区との間に1.31対1の人口比があるにもかかわらず、連邦地方裁判所は、原告らがその配分案を支持する根拠となつている現状を否定する責を果さず、かつ、その配分案による偏差は、既存の郡境界にしたがうというどこにでもある州の政策によつて正当化されるとして、その配分案を是認した。

判決要旨は次のとおりである。

本件において明白な人口差の程度は、スワン対アダムズ(385 U.S. 440.)の原則に照らして、選挙区を既存の郡境界に一致させるという州の政策によつて通常正当化されるという見解に基く連邦地方裁判所の判決は一部破毀され、事件は、州の政策が本件において明白な偏差の程度を必要とするものであるかを判断するため、更に審理を続行すべく差戻された。

原判決一部破毀差戻。(注七)

五、マーハン対ハウエル事件(一九七三年二月二一日判決)(注八)

ヴアージニア州議会は、一九七一年に、州議会の上下両院選挙の議席再配分をした。被上告人らから争われたその議席配分法は、三判事構成の連邦地方裁判所によつて、「一人一票」の原則に反するものとして無効とされた。同裁判所は、理想的選挙区からの偏差の幅を、州議会の法案が認めているほぼ一六%から約一〇%に減じた裁判所独自の選挙区から成る代案を示した。しかし、裁判所が示した選挙区は、州議会の法案とは反対に、多くの場合、行政区画の境界線にしたがつたものではなかつた。

判決要旨は次のとおりである。

(一) ヴァージニア州下院の議席再配分は連邦憲法修正第一四条の平等保護条項に適合するものであつた。なぜならば、州議会の規定した議席再配分によれば、その最大偏差は許容限度を超える程ではなく、かつ、それが選挙区と行政区画とを一致させようという州の合理的な目的から生じたものだからである。四―一四頁。

(イ) 両院制の州議会は両院とも実質的に人口に基いて議席を配分すべし(レイノウルズ対シムズ377 U.S. 533.)という憲法上の基本原則を実行するにあたつては、連邦議会の選挙区再区割の場合に比し州議会の議席再配分の場合の方がいくらか広い融通性が憲法上許容される場合がある。四―五四頁。

(ロ) 選挙区と行政区画とを一致させるという州の目的は合理性を有する。なぜならば、そうすることによつて純粋に地方的な事項に関する立法活動を容易にするという立法機関の目的を助長し、かつ、それぞれの行政区画に属する有権者たちの地方的問題に関する意見を州議会に反映させることになるからである。五―一二頁。

(ハ) 州の議席再配分においては、より広い憲法上の裁量の余地が認められているので、ヴアージニア州の本件議席再配分法の最大偏差価に示される人口の不均衡は、憲法上許容される範囲内のものである。一二―一四頁。

(ニ) ノーフォークの合衆国海軍基地を「母港」としている約三六、〇〇〇の人口を、人口調査の際そこが標準地域であつたという理由だけで、本当の住所の如何にかかわりなく、一つの選挙区に割当てるという方法でヴアージニア州議会が数字上理想的な上院選挙区を三つ設定したことは、軍隊所属者に対する憲法上許し難い差別取扱いであつた。(デイヴイス対マン377 U.S. 678参照)そして連邦地方裁判所が時間的に余裕のない状況において三つの選挙区を一つの大選挙区に統合した仮の案を提出したことは、自由裁量権を濫用したことにはならない。一四―一七頁。

原判決一部認可、一部破毀。

(なお、判決文によれば、右事件において審理の対象とされた議席再配分法の具体的内容は次のとおりである。

「ヴアージニア下院の議席配分法は、小選挙区、大選挙区および変動選挙区合計五二区を定め、そこから一〇〇名の下院議員が選出されることになつていた。原審の認定したところによれば、ヴアージニア州における理想的選挙区は下院議員一名当り四六、四八五名の選挙人から成り、該配分法によると、その理想的選挙区の人口からの最大人口偏差値は、第一二選挙区における過多代表偏差値6.8%と第一六選挙区における過多代表偏差値9.6%の合計である16.4%であつた。この二選挙区間の人口比は1.18対1であつた。該法では、議員一名当りの人口の平均偏差は±3.89%であり、下院の過半数議員の選出に要する最少人口の割合は49.29%であつた。五二選挙区のうち、理想的選挙区の人口からの偏差値が四%以内のものは三五区、それが六%を超えるものは九区であつた。例外が一つあつたが、下院議院の選挙区は郡および市の行政区画および裁判管轄区画と一致していた。その例外とは、フエアーフアツクス郡であつて、一〇名の下院議員が割当てられながら二つの五人区に分割されていた。」三―四頁。)

六、われわれは、かつて原審において、ウエスベリー対サンダース(注九)およびカークパトリツク対プレイスラー(注一〇)の各事件の判決を紹介し、当審においてはレイノウルズ対シムズ、スワン対アダムズ、キルガーリン対ヒルおよびマーハン対ハウエルの各事件の判決を紹介した。前者はいずれも連邦下院議員の選挙区割に関する事案であり、後者はいずれも州議会議員の議席配分に関する事案であるが、判例理論はひとしく「一人一票」原則または「人口比例」原則に立脚してはいるものの具体的な憲法適否の判断基準には明らかに二つの系列を認めさせる。しかして、連邦下院議員の選挙区割について示された判断基準の厳格さの因つて来つたところは、連邦憲法第一条第二節の存在を措いて他にはない。そもそも「一人一票」原則や「人口比例」原則は、「法の下の平等」の原則の分身である。わが憲法が議員定数を人口または選挙人数に比例させるべきことを命ずる明文を置いていなくても、第一四条に「法の下の平等」原則を明定している以上、本件事案においては、さきに合衆国における州議会議員の議席再配分事案にみたと同じ理論による等しい解決が要求されるべきものである。

昭和46年6月27日執行の参議院地方選出議員選挙実態分析表

整理番号

選挙

区名

議員

定数

選挙当日の

有権者数

議員一人あたりの

有権者数

議員一人あたりの

有権者数の平均値からの

偏差

1

鳥取

1

395,402

395,402

553,633.56

?58.34%

2

福井

1

512,704

512,704

436,331.56

?45.98

3

山梨

1

519,466

519,466

429,569.56

?45.26

4

栃木

2

1,067,588

533,794

415,241.56

?43.75

5

島根

1

540,440

540,440

408,595.56

?43.05

6

佐賀

1

556,098

556,098

392,937.56

?41.40

7

徳島

1

556,877

556,877

392,158.56

?41.32

8

岡山

2

1,121,555

560,777.5

388,258.06

?40.91

9

群馬

2

1,130,126

565,063

383,972,56

?40.46

10

鹿児島

2

1,151,347

575,673.5

373,362.06

?39.34

11

熊本

2

1,152,597

576,298.5

372,737.06

?39.28

12

高知

1

576,792

576,792

372,243.56

?39.22

13

滋賀

1

617,571

617,571

331,464.56

?34.93

14

福島

2

1,270,184

635,092

313,943.56

?33.08

15

奈良

1

646,774

646,774

302,261.56

?31.85

16

香川

1

648,900

648,900

300,135.56

?31.63

17

長野

2

1,374,078

687,039

261,996.56

?27.61

18

石川

1

698,349

698,349

250,686.56

?26.41

19

宮崎

1

701,856

701,856

247,179.56

?26.05

20

富山

1

725,863

725,863

223,172.56

?23.52

21

茨城

2

1,462,494

731,247

217,788.56

?22.95

22

和歌山

1

734,072

734,072

214,963.56

?22.65

23

大分

1

797,418

797,418

151,617.56

?15.98

24

新潟

2

1,604,667

802,333.5

146,702.06

?15.46

25

京都

2

1,624,828

812,414

136,621.56

?14.40

26

山形

1

841,682

841,682

107,353.56

?11.31

27

秋田

1

847,439

847,439

101,596.56

?10.71

28

広島

2

1,711,192

855,596

93,439.56

?9.85

29

北海道

4

3,425,367

856,341.75

92,693.81

?9.77

30

岩手

1

921,517

921,517

27,518.56

?2.90

31

福岡

3

2,771,685

923,895

25,140.56

?2.65

32

青森

1

951,578

951,578

2,542.44

+0.27

33

愛媛

1

987,169

987,169

38,133.44

+4.02

34

長崎

1

991,454

991,454

42,418.44

+4.47

35

静岡

2

2,102,443

1,051,221.5

102,185.94

+10.77

36

山口

1

1,060,941

1,060,941

111,905.44

+11.79

37

兵庫

3

3,209,821

1,069,940.33

120,904.77

+12.74

38

三重

1

1,074,027

1,074,027

124,991.44

+13.17

39

千葉

2

2,316,939

1,158,469.5

209,433.94

+22.07

40

岐阜

1

1,198,659

1,198,659

249,623.44

+26.30

41

愛知

3

3,643,238

1,214,412.6

265,377.04

+27.96

42

宮城

1

1,227,496

1,227,496

278,460.44

+29.34

43

埼玉

2

2,574,360

1,287,180

338,144.44

+35.63

44

大阪

3

5,203,053

1,734,351

785,315.44

+82.75

45

神奈川

2

3,809,224

1,904,612

955,576.44

+100.69

46

東京

4

8,030,337

2,007,584.25

1,058,548.69

+111.54

合計

75

71,177,667

949,035.56

(絶対値総計)1,385.53

(沖繩区除外)

七、上告人らは、原判決末尾「別紙二」として添附されている本件選挙の実態分析表を、前掲のアメリカ合衆国判例説示の方式に書き直してこれを本書面の末尾に添附した上、そこから読みとるべき数値を次に記そう。

(一) 議員一名当りの有権者数につき平均(理想)値からの最大人口差は、鳥取区(整理番号一)における過多代表偏差値58.34%と東京区(整理番号四六)における過少代表偏差値111.54%の合計である169.88%である。

(二) この二区間の議員一名当りの有権者数の比率は5.08対1である。

(三) 議員一名当りの有権者数の平均偏差値は30.01%である。(最右欄最下段の数値を選挙区総数四六にて除したもの)

(四) 同時選出の過半数議員の選出に要する最少有権者数の全国百分率は34.74%である。(この点は原表参照のこと)

八、さて、原判決が傍論として「違憲の疑いがある」とした公職選挙法別表第二が、二義を許さぬ明確さをもつて、「違憲」と断定されるべきものであることは参議院議員の三年毎の半数改選制、選挙区の大小、歴史的沿革、地理的社会的な諸条件等の諸要素の勘案の経過が合理的な国政遂行に資するものであることの立証に論及するまでもなく、右にみた客観的な数値によつて明示された議員定数配分の不均衡の程度のみによつてすでに明白であるが、上告人らはここにアメリカ合衆国最高裁判所が議員不平等配分事案についてはじめて司法判断適合性を承認したかのベーカー対カー事件(注一一)の判決文中にあるクラーク判事の補足意見の一節を引用して本上告理由書を結ぶこととする。

曰く、「当裁判所が憲法問題の判断に際して、自主的抑制と自重のもとに行動することは、これを是とする。しかしながら、本件におけるように、かくも多数の州民の国民としての権利が、かくも長期間にわたつて、かくも明白に侵害されてきた場合においても、なおかつ自主的抑制が相当であると判断された事例はない。裁判所に対する国民の尊敬は、遁辞を弄して右述の州民の権利を無価値たらしめるよりも、簡明直裁にこれが擁護を図ることにより増進される。」と。

(注一) Reynolds v. Sims, 377 U.S. 533.

(注二) Ibd. at 543-550.

(注三) 表中、改正案一に示したものは、67-Senetor Amendmentと、改正案二に示したものは、Crawford Webb Actとそれぞれ呼ばれているものである。

(注四) Swann v. Adams, 385 U.S. 440.

(注五) Kirgarlin v. Hill, 386 U.S. 120.

(注六) 本判決は所謂「パー・キュリアム」である。

(注七) このシラバスには、最大区との最少区の人口比しか示されていないが、判決文によると、過多代表の偏差値14.84%から過少代表の偏差値11.64%にまたがる配分案であるとされている。

(注八) 御庁図書館所蔵(昭和四八年七月五日の受付印あるもの)の所謂「スリツプ・オピニオン」によつた。

(注九) Wesberry v. Sanders, 376 U.S. 1.

(注一〇) Kirkpatrick v. Preisler, 394 U.S. 526.

(注一一) Baker v. Carr, 369 U.S. 186.

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